オーストラリアの危険物・後編


ゲテモノレベルでは、オーストラリアの危険物・前編で紹介した「カンガルージャーキー」や「クロコダイルジャーキー」を遙かに凌ぐ超一級の危険物、それが一般に「VEGEMITE」という名称で知られている黒いペーストである。



VEGEMITE 概論

VEGEMITE 三姉妹

ブツの提供者によれば、それは写真のような瓶に詰められ、オーストラリアのスーパで売られているらしい。

実は「VEGEMITE」というのは、大手食品会社 KRAFT の商品名だ。他のメーカも似たような製品を作っており、突撃実験室では VEGEMITE のほかに PROMITEMarmite という商品を入手した。これらを一般名称で呼べば何になるのかは分からないが、それぞれのラベルから拾ったそれらしい記述を下表にまとめてみた。

商品名一般名称と思われる記述日本語で言えば?
VEGEMITECONCENTRATED YEAST EXTRACT濃縮酵母菌抽出物
PROMITEVegetable Extract Spread野菜抽出物スプレッド
Marmitethe original yeast spread酵母菌抽出物スプレッド

まだ理解の範囲内にある「野菜抽出物」こと PROMITE 以外は、どれも酵母菌が主原料だと言いたいらしい(もっとも、PROMITE の原材料表示にも YEAST の5文字がちゃっかりとあったりする)が、わけがわからない。ビールの醸造や製パンに使う酵母菌ならば知っているが、それをスプレッドにした食品は、前代未聞である。

VEGEMITE

そして、このピーナッツバター状の黒っぽいペーストが、VEGEMITE の実体だ。見た目の色だけでなく、味もまた黒い。VEGEMITE、PROMITE、Marmite ともに、グロテスクと形容する以外にない味である。まず、どれもとんでもなく塩っ辛いのである。我慢すれば一応は食べられる「イカの塩辛」なんて比較の対象にもならないぐらい凄い塩気だ。醤油を一升飲めば死ねるのと同じように、VEGEMITE を一本食べれば確実に死ねそうだ。

さらに凄いのが、程度の差こそあれ VEGEMITE、PROMITE、Marmite ともに共通する何とも言えない独特の臭いである。むしろ漢方薬に近いその臭いからすれば、とてもではないが、これらがオージーが言うようなカタギな食品であるとは言えない。なんとなくレオピンを彷彿とさせるその臭いを嗅げば、まず間違いなく「うっ」とくるだろう。

VEGEMITE、PROMITE、Marmite の風味をざっとまとめてみた。

商品名しょっぱさ異臭度総合評価
VEGEMITE☆☆☆☆☆☆☆味や臭い比較的軽いが、塩辛さは抜群
PROMITE☆☆☆☆☆この中では最もマイルド、風味は日本人向き
Marmite☆☆☆☆☆☆☆悟りの境地をお求めの方に・・・



世にも恐ろしいオーストラリアの実状

ところが、驚くことにオーストラリアではどこの家庭にも VEGEMITE(あるいはその姉妹品)だけは常備されているというのである。しかも、これだけは絶対に欠かせない調味料であるというのだから、日本の一般的な家庭にある調味料に例えていえば、醤油のようなものなのであろう。

さて、この VEGEMITE は、一般的にトーストに塗って食うらしい。極端に塩っ辛いだけでなく、漢方薬的な臭いのするものをトーストに塗ると美味であると聞いたときは正気を疑ったが、ブツの提供者に指示されるがままに、トーストを準備した。

トースト

これから大変なものが塗布されるとは知る由もないトーストにはつい同情してしまうが、決行だ。まずは、一面にバターを塗る。次に、トーストを半分に切って、片方にはたっぷりの蜂蜜を、もう片方には問題の VEGEMITE を塗った。

トースト

見れば明らかだが、写真右側が VEGEMITE を塗ったトーストである。指示によれば、VEGEMITE は余りにも塩辛いため、極めて薄く塗るよう注意すべきだという。しかし、それでもなお強烈すぎるため、たっぷりの蜂蜜を緩衝剤として塗らなければならないわけだ。これは、ジャムなどでも良いそうである。

そして、この二つのパン切れを二枚重ねにして恐る恐る食べてみた・・・・

・・・・・・・・なるほど、分からないでもない。これが、意外と食べられるのである。VEGEMITE そのものはかなり危険な臭気を発しているが、使用量をごく微量に抑えた上にパンや蜂蜜といった緩衝剤があれば、(さすがに美味いと絶賛することはできないが)一種の嗜好として理解できなくもない。しかし逆に言えば、そのような完全防備がなされていない単体の状態では、やはり甲種危険物取扱者が扱わなければ手が後ろに回りそうな、超一級の危険物と言うべきである。



VEGEMITE は調味料の夢を見るか

使いようによっては VEGEMITE の危険度が下がる場合もあると判断した突撃実験室では、VEGEMITE を料理の調味料として試してみることにした。毒と薬は紙一重という、だから少量ならば隠し味になるかも知れない。実際に、オージーは調味料にも使っているそうなのだ。何たって、KRAFT は http://www.vegemite.com.au/ というサイトでレシピまで公開しているのだから。

実験台となったのは、チンゲンサイと豚肉の炒め物である。最終段階までは普通に調理したものを半分に分け、一方にはオイスターソースを、もう一方には VEGEMITE を加えて仕上げてみた。なぜオイスターソースなのかというと、これが意外と VEGEMITE に似ているためだ。もちろん味は違うが、独特の臭みが少し似ているのである。

チンゲンサイと豚肉の炒め物

写真左側がオイスターソースバージョン、右側が VEGEMITE バージョンである。ご覧の通り、見た目にはほとんど変わらない。けれども、味は明らかに違う。VEGEMITE を加えたものは、やっぱりというか VEGEMITE の臭いが強い。しかも、VEGEMITE は非常にしょっぱいため、結果的として塩気がややきつくなってしまった。

食えないこともないが、料理としてみれば、はっきり言って VEGEMITE を加えたものは不味い。オイスターソースは隠し味として機能するが、VEGEMITE はそれ自体の臭いが残ってしまい、あっさりとした味付けにはならないのだ。従って、よほど VEGEMITE が好きな人でなければ、料理に使うのは憚られると思う。



おわりに

それでもなお、オージーは VEGEMITE を愛してやまないという。もう一度言うが、一般的な日本人ならば即座に危険物と分類するであろうこの VEGEMITE を、彼らは手放せないというのだ。しかも、これを「美味」と解釈する彼らには、恐らく外国人の理解を超越した特殊な味覚センスがあるに違いない。逆に言うならば、納豆といったもの食す日本の食文化が外国人の目には奇特なものに写ることと同じである。本稿の目的が、オーストラリアの食文化を嘲笑することでないことを断っておきたい。

VEGEMITE の名誉のために言っておくと、VEGEMITE が味覚的に優れているとは言えなとても、一種の健康食品としての価値はあるように思う。VEGEMITE のラベルには "ONE OF THE WORLD'S RICHEST KNOWN SOURCES OF VITAMIN B" とある。背面の栄養成分表は、こんな風になっていた。

成分名成分名(日本語表記)100g 中の含有量
THIAMINEビタミン B1(チアミン)11.0mg
RIBOFLAVINビタミン B2(リボフラビン)8.6mg
NIACINニコチン酸
ニコチン酸アミド(ナイアシン)
50.0mg
FOLATE葉酸400μg

肌荒れの気になる女性に VEGEMITE ってところか。



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