オーストラリアの危険物・前編


突撃実験室に届いた危険物は、「掃き溜め写真館」の餌食にされる宿命を知ってか知らずか。はるか海の向こうはオーストラリアにお住まいのある読者から、『オーストラリアげてものパック』と称する小包が送られてきた。

曰く、オーストラリアの食文化・・というよりオージーの味覚センスには、外国人の理解を超越した独自性があるという。本国では一種の社会的コンセンサスとして「美味」とされているものであっても、外国人が一切れ抓めば思わず「うげっ、なんだこりゃ!」と声を上げてしまいそうな、累々たるゲテモノの詰め合わせ。これを「危険物」と呼ぶ以外に、何と呼べようか。

本稿は、ノスタルジーを持たない代わりに独断と偏見に満ちあふれた日本人が、オージーの意見などそっちのけで「危険物」の毒味を実施した結果を記したものである。



Kangaroo Jerky

Kangaroo Jerky

カンガルージャーキー・・・もとい、カンガルーの干し肉だ。

いかにもオーストラリアらしいブツだが、あのカンガルーが食用されている知らなかった。手元にある2つ商品、「JUMPING JERKY」と「Bush Jerky」のいずれにも全く同様に記されている能書きを引用してみよう。

Kangaroo meat has been used in man's diet for at least the last 40,000 years. The Aborigines of Australia have included this high protein food in their diets for thousands of years.

《日本語訳;人類は、少なくとも4万年前からカンガルーの肉を食べていました。オーストラリアのアボリジニは、何千年間もこれを高蛋白食品としてこれを食生活の一部に組み込んでいました。》

ここからは、オーストラリアの食文化が独自路線を歩むに至る、フツーの日本人には知る由もない歴史の一端を垣間見ることができる。

Kangaroo Meat

そして、これがカンガルーの干し肉だ。一見したところでは、外観は一般的なビーフジャーキーと酷似しており、味もビーフジャーキーと大変に良く似ている。でも、肉はビーフジャーキーよりも少し柔らかく、けっこう美味しいのだ。それゆえ、何も知らない人に「ビーフジャーキーだ」と言ってこれを食べさせても、それがカンガルージャーキーだと気付かないだろう。コショウなどスパイスでの味付けが強いため、肉そのものの風味が分かりにくいからだとも思う。

有袋目カンガルー科と偶蹄目ウシ科は、区別できず・・・某大手ハンバーガーチェーンでは、牛肉100%のパティを使っていると言いながらカンガルーなどの肉を混入させているという噂がある。もちろん、突撃実験室ではデマに過ぎないと考えるが、よしんばこれが事実であったとしても、風味だけでは分からないかも知れない。



Crocodile Jerky

Crocodile Jerky

これは・・・わ、ワニの肉? そもそもワニって食えたの?

大きく口を開けたクロコダイルの写真といい、爬虫類の肉となると流石にインパクトが強い。これにも、カンガルージャーキーと似たような能書きが書いてあるので引用しよう。

Crocodile Meat was first eaten by the Aborigines some 40,000 yeas ago, and still is a part of their diet. Today, the farming of these Crocodiles bring this delicious meat for us all to enjoy.

《日本語訳;クロコダイルの肉は、4万年ほど前からアボリジニが食べており、いまでも彼らの食生活の一部となっています。今日では、クロコダイルの養殖により、我々はこの美味しい肉を嗜むことができます。》

おいおい、ちょっと待て。クロコダイルが食用に養殖されていて、ごく一般的に食されているというのか? 敢えて「直訳的」に書いた、上記能書きの後半部分を読むとそうとしか思えない。なんだか、とっても危険な感じのする養殖場だ。

Crocodile Meat

問題のクロコダイルの肉。顆粒状のものは、コショウの粒である。

哺乳類の肉とは、どうみても違う。やや透明感のある柿色で、一般的に想像する「肉」というより、むしろ干し柿のようである。肉はやや硬めでコリコリ感があり、ご多分に漏れず派手に味付けがされているので元となった肉そのものの味は分かりにくいが、牛肉などと比べれば風味に乏しいと思う。だからといって、不味いわけではない。ちゃんと味付けさえすれば、ワニもそれなりに食べられるようだ。

人口増加に食糧危機と叫ばれる中でも、オーストラリアの人なら大丈夫・・・かも知れない。



余談

Ingredients
Ingredients

上の写真は、「JUMPING JERKEY」および「CROC JERKEY」の原材料名を写したものだ。このうち、いわゆる食品添加物の表示には、例えば Anti-Oxydant (316) というように数字が括弧書きで添えられている。こういう意味ありげな数字を見付けると、つい何を意味しているのか調べたくなってしまう。

恐らく、こういう数字を管理しているのは政府だろう。しかし、オーストラリアの行政事情は全く分からない。そこで、出発点として Yahoo Australia & NZ へ飛んでみた。Government の分類から、それを管理してそうな機関を見付けようというわけだ。探してゆくと、Department of Health and Family Services という分類があった。日本でいうところの厚生省みたいなところだと思う。さらに、この分類の中を探したところ、Australia New Zealand Food Authority という機関にヒットした。

ビンゴ、である。Food additives shoppers guide というページがあり、ここには食品添加物とその分類番号の一覧が公開されていた。これさえ見れば、
  • 316 Sodium erythorbate (antioxydant)
    エリソルビン酸ナトリウム(酸化防止剤)
  • 331 Sodium citrate (food acid)
    クエン酸ナトリウム(酸味料)
  • 250 Potassium nitrate (preservative, colour fixative)
    亜硝酸カリウム(保存料・発色剤)
  • 554 Sodium alminosilicate (anti-caking agent)
    アルミノケイ酸ナトリウム(安定剤? 製造用剤?)
  • 621 Monosodium L-glutamate (flavour enhancer)
    l-グルタミン酸ナトリウム(アミノ酸等)
  • 631 Disodium inosinate (flavour enhancer)
    イノシン酸ナトリウム(アミノ酸等)
    ↑これは核酸なのでアミノ酸じゃないけど「等」がミソ
と、何が使われているのか具体的な物質名まで分かる仕組みになっていたわけだ。なお、下段では物質名を日本語で、括弧内には日本国内において食品の原材料名に表示されるであろう一般名称を示した(正確じゃないかも)。

オーストラリア及びニュージーランドでは、食品添加物の物質名もしくは用途名と物質に割り当てられた数字を記載しなければならないようである。いちいち数字を調べなければ具体的に何が入っているのか分からないという不便さはある半面、狭いラベルに多くの添加物を列挙するには数字などの記号を使った方が合理的だし、調べさえすれば具体的な物質名に辿り着けるというメリットは大きいと思う。日本でも食品添加物の表示基準は細かく決められているが、ラベルに無理にでも全てを書こうとするためか物質名を略したり(例:l-アスコルビン酸ナトリウム → V.C)、一括名として表示(例:クエン酸ナトリウム → 酸味料)されることが多く、必ずしも具体的な物質名を知ることができるわけではない。

日本では厚生省生活衛生局食品化学課というところが食品添加物の管理を行っているが、同省のサイトを見た限りでは、残念ながら一般向けの食品添加物一覧などは公開されていないようである。そこで、「食品添加物についての正しい知識の普及などを目的」とした日本食品添加物協会のサイトに行ってみた。ここの「わかりやすい食品添加物」からは、「シロートさんに難しいことは分かるまい」という論調がそこはかとなく感じ取れる。

必ずしもそれが悪いと言いたいのではない。むしろ、「買ってはいけない」みたいなトンデモ本がベストセラーとなるなど、自然科学への不当な非難で盛り上がることの多い「終始シロート」な日本の国民性を示唆しているようにも取れるのだ。「シロートさん向けの分かりやすさ」よりも「消費者の自己判断」を優先しているオーストラリアに対して、その逆を方針とする日本という国民性の違いが、食品添加物の表示方法に表れているような気がしたのであった。



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