電気的火遊び1(炎の電気抵抗を計る)
プロローグ
メロディ蝋燭について書いたところ、蝋燭の着火を電気的に検出する方法として、炎そのものに電気伝導性があるという性質を使っているのではないかという旨のご指摘を頂いた。つまり、2本の電極を蝋燭が着火した際に起こる火炎が触れうる場所に入れておく。蝋燭が着火すれば炎の導電性により電極間の電気抵抗が下がるため、これを検出すれば炎の有無を調べられるのではないかというわけだ。そこで、40MΩまで計れるデジタルテスタに接続した電極を蝋燭の炎の中に突っ込み、電気抵抗の測定を試みた。だが、テスタは反応すらしない。
しかし、それは炎が小さいからに違いない。もっとでっかい火炎が必要なのだ!
そう考えるに至った突撃実験室では、ブタントーチを用意した(プロパンじゃないよ)。
実験装置
この実験を始める前に、炎の中でも耐えうる電極を選ぶことが先ず第一に必要だ。ブタンの燃焼による炎の温度は、恐らく摂氏2000度ぐらいだろう。普通の銅線なら、炎色反応を起こしながら溶けて朽ち果てる温度だ。そのような環境の中でも酸化せず、融解せず、肝心要の電気を通し、しかも身近に入手できて安価なものを探さなければいけない。真っ先に思いつくものが白金線だが、そこら辺で売っているものではないし、高い。そこで、金属は諦めて代わりにシャーペンの芯(炭素)を使うことにした。これなら安いし、入手も容易だ。
しかし、シャーペンの芯は折れやすく、しかも炎の中に入れると割れて飛び散る恐れがある。従って、炎の中に入れる際は注意が必要だ。そこで、後から色々な線材を試してみた結果、0.3mmφのステンレス線でもそれなりに(もしかするとシャーペン以上に)耐えると分かった。ステンレス線はシャーペンの芯ほど安価で一般的なものではないが、折れたり飛び散ることがなく、安全である。なお、本稿ではシャーペンの芯を使っている。
電極が決まったところで、装置を作る。実にいい加減なものだ。プラスチックの角材に穴を開け、その穴にビニール線をはんだ付けした1mmφの銅棒を通す(写真左)。さらに、銅棒の先には、シャーペンの芯をビニールテープで巻いて取り付ける(写真右)。接触不良が心配な取り付けだが、しっかり巻いておけば大丈夫だろう。台座は、粘土だ。包装にパンダの絵が描いてあるからといって、ガキのオモチャだと侮ってはいけない。加工や調整に手間いらずの粘土は、手抜き工作に持って来いなのだ。
電気抵抗を計る
いい加減ながら、装置も整ったところで電気抵抗を計ることにする。使用した測定器は、日置電機の3804デジタルハイテスタだ。仕様によれば、40MΩまで10kΩの分解能で計れるとある。
電気抵抗を計るため、テスタのテストリードに接続したシャーペン電極を炎の中に入れる。炎を抵抗器と見立てるには炎との電気的な接点がもう一点ないと回路にはならないが、わざわざ電極を用意する必要はない。炎の根本はバーナに接触しているのだから、バーナの自体に、もう一方のテストリードを繋げば良いのだ。ここは、みのむしクリップだけで事が足りる。高温の中で赤く光り輝くシャーペンの芯は何となくおっかないが、眺めていると美しく、心が和む。
手始めに上の写真のような状態で計ったところ、2MΩ付近をうろうろするという結果になった。なるほど、蝋燭はダメでもブタントーチならテスタで計れる程度の電気抵抗になるらしい。
炎は生き物らしく、何も触らなくても抵抗値はチラチラと変動する。さらに、火力や電極を挿入する位置などを変えると、抵抗値が大幅に変わる。そこで、最も電気抵抗が小さくなるよう、探ってみることにした。
実験してみると、火力はとろ火でも全開でも駄目で、電気抵抗が最も小さくなる「程良い」強さがある。また、不完全な燃焼では電気抵抗が大きくなるようで、燃焼はできるだけ完全な状態にすると良い。例えばバーナの吸気口を塞ぎ、ガスに空気を混ぜないで燃やしたときに生じる赤い炎の抵抗値は、測定限界以上である。
電極を入れる位置にも「程良い」場所があるようだ。調べた結果、図1のように外炎の先端よりやや内側に電極を入れたところで、(調べた中では)電気抵抗が最も小さくなった。内炎の中心など、バーナに近い場所では、逆に電気抵抗が大きくなる。
これは大変興味深いことだ。普通の物体ならば、断面積が変わらない限り物体の長さに比例して電気抵抗は大きくなる。しかし、炎においては必ずしもそうならず、電極の位置を変えただけで電気抵抗は著しく変わる。その理由は、なぜ炎に電気伝導性があるのかに着目すれば説明できそうだ。
そういった条件を考慮して電気抵抗を小さくする努力を行った結果、100kΩ〜200kΩ程度まで下げられた。
なぜ炎は電気を通すか
炎に電気を伝導する性質があることは、火炎中に自由電子やイオンが存在するからだと考えられる。「火の科学」の著者疋田氏 (1 によれば、炭化水素炎で最も多いイオンは H3O+ で、109〜1012イオン/cm3 程度存在するという。さらに化学式を引用すると、
化学反応によるイオン化の最初の反応は
CH + O → CHO+ + e-
であり、次いで
CHO+ + H2O → H3O+ + CO
となる。このほか多いものに C3H3+ があり、これは
CH + C2H2 → C3H3+ + e-
と推定される。
なるほど。しかし、これだけでは普通とは一風変わった電気抵抗の分布を持つ炎の性質は説明できない。一連の化学反応で生成する電子は、炎の先端へと向かって流れたがる。従って、炎の根本よりも先端の方で電気抵抗が小さくなるのではないか...と考えてみたりするのだが、証拠もなく信憑性に欠ける仮説だ。だが、別のアプローチからこれを説明できるかも知れない。
前出の図1において、テストリードの極性が指定されていることにお気づきだろうか。普通の抵抗器をテスタで測定するだけなら、極性など気にしなくても良い。しかし、単なる抵抗器ではない炎が被測定物である場合、極性は極めて重要なのだ。勘のいい人ならお分かりかと思うが、その話は、また次回で。
1) 疋田強:「火の科学」(培風館,1982),p.63,ISBN 4-563-02016-8
おまけ
おまけのスナップ。左の写真は、炎に入れられたシャーペンの芯が割れて飛び散った細かい破片である。橙色の物体は、26AWG のビニール線だ。そして、右の写真は炎によって「研がれた」シャーペンの芯の「切っ先」である。シャーペンの芯ですら、炎の中に暫く入れておくと燃えてしまうのか、摩耗してくる。結果的に、こういうものが出来てしまうのだ。
インデックスへもどる