AVの外せるモザイク


できるかな?」の「モザイク消し器の真実」という記事が興味深かった。雑誌のやや怪しげな通販広告で見かける「モザイク消し器」なるものについては、以前よりその動作原理について興味があったのだけれど、なにせ実物が無いだけに、深く考えたことは無かったのだ。

「できるかな?」の検証レポートによれば、問題の「モザイク消し器」は、果たすべき機能を果たしていないという。さらに、強いて利用方法があるとするならば、それは「いままさにモザイク消し器を通してこのビデオを鑑賞しているんだから、モロ見え状態になっているに違いない」と思いこむことにより、何となく真実の姿が見えたような気になれるといったような、想像力豊かなプラシーボ効果に期待した代物であると結論している。もっともなことだ。そうそう簡単にモザイク処理されたあのマズイ部分が、あのマズイままに復元できるとは思えない。

しかしである。電脳的エロの世界では、いわゆる「外せるモザイク」なるものが現に存在する。そう、ある方法でモザイク処理された画像をあるソフトでちょいと処理すると、あら見事、あのマズイ部分がマズイままに復元されるのだ。性衝動の処理をなるたけ効率的に行うべく、虚構でありながらより現実に近いオカズを求めてやまない人間という需要と、そして刑法第175条という壁に阻まれながらも、欲望に応えようとする供給がある続けるかぎり、そのような発想はいくらでも出てくるだろう。そしてこの構図は、電脳やビデオといった媒体の違いのみによって変わりようはずがないのだ。

つまり、エロビデオの世界にも「外せるモザイク」が存在していたとしても、何ら不思議ではないのである。

「外せるモザイク」の詳しい原理は知らないが、平たく言えば、バラバラのジグソーパズルに印刷された図画を、人間が認識できないことと同じようなものだと思う。すなわち、元の図画から必要な情報を間引いたり冗長な情報を足したりしなくても、目視での認識が能わないような処理を施すことは可能であり、それも一種のモザイクと考えられるわけだ。

そこで、ここではモザイクを「人間が元の映像を認識できなくするための処理」とだけ定義してみよう。

つまり、エロビデオを観察することによって言えることは、あくまで「目視による観察では元の映像に映っているものが何であるかを認識できない」ということだけであり、そのことをもって「元の映像が欠落している」と断言するための根拠とすることはできない。認識こそが我々を取り巻く現実そのものであるとすれば、「認識できない」ことと「映像が欠落している」こととは、ほぼ同義と言えるかも知れない。しかし、それはあくまで観察の都合上そう言わざるを得ないだけのことだ。人間の目視による観察だけでは見えてこないところに、別の現実が隠れている可能性は、いつだってある。だから人間には、見えないものを見ようとする欲望がある。

「モザイク消し器」も、人間のそうした本質的な欲望に基づく観察装置なのだ(詭弁だ!!



 NTSCについて

一般的に、エロビデオを再生したときにビデオデッキから出てくるものは、NTSC(= National Television Standards Commitee,日本で使われているテレビ映像の信号方式)のアナログの映像信号だが、果たして「外せるモザイク」なんてものが可能なのだろうか。デジタル映像は、本質的には数値の行列に過ぎないので、およそどんな「外せるモザイク」の小細工だって考えられる。しかし、ビデオから出てくるものはアナログの信号だから、そう簡単にはいかないのである。モザイクや、その復元方法を考える以前に、まずこの信号方式について少し知っておく必要がある。

NTSCカラー映像は、モノクロ映像として映像の明暗だけを表した輝度信号(Y信号)と、モノクロ映像に色を付けるための色差信号(C信号)という二種類の信号で表現されている。もっとも、色を遍く表現するには三原色(赤・緑・青)が揃わないといけないので、厳密に言えば色差信号は、赤から輝度成分を減算した成分(R-Y信号)と、青から輝度成分を減算した成分(B-Y信号)からなる二次元の情報である。なぜ三色分すべてを用意しないのかというと、残りの一次元(G-Y信号)は、受像器で計算すれば出てくるからだ。

RGB 形式の標準画像 lena(無圧縮TIFF形式)をソフトウェアで Y、R-Y、B-Y 画像に分離し、NTSC的なカラー映像をシミュレートしたものが、写真1である。実際にNTSCで伝送されている色差信号は、帯域節約のため圧縮されているので R-Y および B-Y 情報の解像度はこの半分程度しかないが、シミュレーションの再現性を言い出すとキリがないので、気にしないことにした。

写真1.NTSCカラー映像の表現
YR-YB-YColor
輝度 (Y)輝度−赤 (R-Y)輝度−青 (B-Y)合成画像

このように、やや複雑にも思えるカラーテレビ映像の伝送方式は、古来からある白黒放送との互換性を保つために策定された。テレビ放送は歴史的に白黒放送から始まり、現在のようなカラーテレビ放送が始まったのは、日本国内では1960年のことである。時は、3Cといった言葉が出てくるよりもまだ前のこと。いまだからこそ、

「そのうちデジタル放送に変えるから、いまのテレビは使えなくなります」

みたいに多少乱暴なことも言えるが、1960年代といえば、モノクロ受像器ですらまだまだ高価な代物であった。ようやくテレビの普及にも兆しが見え始めてきたかなあという時代に、カラー放送を始めるにあたって

「そのうちカラー放送に変えるから、いまの白黒テレビは使えなくなります」

という寸法が認められないことは、論を俟たない。そこで、モノクロ放送において従来より伝送されていた輝度信号に殆ど手を加えることなく、色の差分を多重化して伝送する方式になっているわけだ。また、RGB の情報をそのまま伝送する方法は、あまり効率的ではない。



 モザイクの掛け方を考える

任意の NTSC 信号を作り出せる装置と実物のモザイク消し器があれば実験できるのだけれど、生憎ながらそんなものはないし、わざわざ買ってくる気にもならない。そこで、モザイクの実験は、ソフトウェアでシミュレートしてみた。突撃実験室初の体を張らない論理実験である。

まず、Y、R-Y、B-Y の全ての情報に対して、同じように縦横10ドットのブロックでモザイクをかけてみたものが写真2である。画像をRGB方式で扱っているわけではないので少し妙に見えるかもしれないが、合成した結果はレタッチソフトなどのフィルタで「モザイク」を行った場合と同じである。全てのチャンネルにおいて情報が欠落しているという意味では、これは「外せないモザイク」だと言える。

写真2.NTSCカラー映像にモザイクをかけた例
YR-YB-YColor
輝度 (Y)輝度−赤 (R-Y)輝度−青 (B-Y)合成画像


NTSCカラー映像信号では、輝度と色を別々に扱っているので、輝度信号のみにモザイクをかけたり、色差信号のみにモザイクをかけることも可能だ。そこで、まず輝度情報のみにモザイクをかけて、未処理の色差信号と合成したものが、写真3である。

写真3.NTSCカラー映像の輝度信号のみにモザイクをかけた例
YR-YB-YColor
輝度 (Y)輝度−赤 (R-Y)輝度−青 (B-Y)合成画像


写真3とは逆に、R-Y と R-B の色差情報のみにモザイクをかけ、未処理の輝度情報と合成したものが、写真4である。

写真4.NTSCカラー映像の色差信号のみにモザイクをかけた例
YB-YR-YColor
輝度 (Y)輝度−赤 (R-Y)輝度−青 (B-Y)合成画像


三種類の方法でモザイク処理した画像を並べてみると、この通りである。

輝度・色差に処理輝度のみに処理色差のみに処理
輝度・色差に処理輝度のみに処理色差のみに処理

こうしてみると、輝度情報だけにモザイクをかけた場合でも、かなりモザイクらしく見えることが分かる。若干の輪郭は残っているが、実際のNTSC画像では殆ど分からなくなると思う。ところが、色差情報だけにモザイクをかけても、顕著な変化は見られないことが分かる。写真の入れ間違えを疑いたくなるほどで、よ〜〜〜く注意して見ると、やっと微妙なブロックノイズが分かる程度だ。人間の目は、明るさの変化に比べると色の変化には極めて鈍感なので、かなり荒いモザイクをかけても人間は元の映像を認識することができるのだ。したがって、色差情報だけにモザイクをかけても「人間が元の映像を認識できなくするための処理」という定義においては、モザイクをかけたことにはならない。

すると、NTSCカラー映像にモザイクをかける方法として、
  1. 輝度情報と色差情報の双方に対して処理を行う
  2. 輝度情報のみに対して処理を行う
上記の二通りの方法が考えられる。



 モザイク復元

映像を特徴づけ、人間に物体の形を認識させるものは、映像の輪郭に他ならない。モザイクのみならず、ぼかしやベタ塗りなど映像を隠蔽するために使われる処理は、共通して元の映像に存在していたはずの輪郭を消し去ってしまう。逆に、モザイクを復元するには、失われた輪郭を何らかの方法で補完してやれば良いのだ。

輝度情報と色差情報の双方に対してモザイクをかけてあれば、その部分では映像を構成する情報の全てにおいて輪郭が欠落しているので、補完の際に参考になる情報がない。そのような映像でも、ある程度「モザイクっぽくない」ように見せることは可能であるかも知れないが、復元したとは言い難い。しかし、輝度信号だけにモザイクがかかっている場合、色差情報には輪郭が丸々残っている。ならば、色差情報から輪郭のみを抽出し、それを使って輝度情報において失われた輪郭を補完してやれば、モザイクはある程度復元できそうである。

「できるかな?」の「モザイクの向こう」で行われている方法に近いが、段取りは

  1. モザイクそのものの輪郭を軽減するために、輝度信号にスムージングをかける
  2. 色差信号から輪郭を抽出する
  3. 2 の輪郭情報に基づき、輝度信号の失われた輪郭を補完する
と、こんな具合だ。



これが先ほどの輝度信号のみにモザイクがかかった画像である。




まず、輝度信号にスムージングをかけ、モザイクそのものの輪郭を軽減する。




次に、R-Y と B-Y チャンネルに Sobel フィルタをかけて輪郭成分を抽出する。




そして、その輪郭成分を輝度信号に重畳し、カラー合成して復元画像完成。

実際にやってみると、思った以上に元の映像らしく復元することができた。



以上のことは、あくまで理屈上のシミュレーションなので、実際に使われているモザイクがどのような方法で処理されているのかは分からないし、モザイクを復元すると歌われている装置がどのような方法でそのような機能を実装しているのかも良く分からない。突撃実験室には、エロビデオもなければモザイク消し器も無いので実物を調べることはできなかったが、機会があればやってみても良いと思う(誰か持ってない?)。

とはいえ、NTSCカラー映像というやや複雑なアナログ信号を電子的に扱うということを念頭に置き、回路設計を行う上で理に叶っているかどうかを考えながら書いたつもりである。色差信号は扱いが面倒だが、輝度信号が比較的扱いやすい。デジタル映像処理ならおおよそどんな画像処理でも簡単にできるが、古い時代はアナログ信号のままモザイク処理を行っていたかも知れない。輝度信号に処理を限定しても実用に耐えうるモザイクが得られるのなら、ちょっと手を抜いて回路規模を小さくしようという意識が働いたとしても不思議ではない。

つまり、エロビデオのモザイクが「外すことを意図したモザイク」だというわけではなく、モザイク処理回路の設計上、色差信号がそのまま残ってしまった。その点に誰かが目を付けて「モザイク消し器」なるものが作られたのではないかと思えて仕方がないのだ。モザイクの復元処理に使ったスムージングや輪郭強調なども、テレビの映像は水平走査しているので、水平右方向に対する処理に限定すれば、アナログ処理でも比較的簡単に行えるはずである。完全ではないにしても、ある条件が揃えば、アダルトビデオの「外せるモザイク」は原理的に可能だろう。


2001/01/01 公開
2001/01/05 標準画像 lena へのリンクを追加



制作 − 突撃実験室